- 2009年1月 3日 18:17
- CBD/COP10に向けて | information:おしらせ | review:レビュー
2008年9月に開催された「あいち国際女性映画祭2008」に出品され好評を博したドキュメンタリー映画『空想の森』は、その後も各地で自主上映会などが開催され波紋が拡がりつつある。来る2009年1月10〜16日にはシネマスコーレ(名古屋市中村区)で上映されるが、それに先立ち来名した田代陽子監督にインタビューした。
田代陽子監督(2008年11月 名古屋市内のホテルの喫茶室で)
予告編1
予告編2
予告編3
■低下する日本の食糧自給率
昨年、日本の食糧自給率(カロリーベース)が40%を下回ったと報道された。農林水産省のデータによると、1961(昭和36)年に78%あった日本の食糧自給率は徐々に低下し、1989年には50%を下回り、1998年からは40%のまま横ばいを続けていた。ただし、この自給率の計算方法についてはさまざまな問題点も指摘されている。また野菜のタネ、果実の人工授粉用の花粉などの多くが輸入に頼っている事実を考慮すると、実質的な自給率はもっと低いとも考えられる。
いずれにしろ食糧自給率が低下し続けていることに間違いはなく、この現象は高度経済成長以降、日本の政策が第1次産業よりも第2次産業を重視してきたために離農が進んだことが1つの原因であると言える。つまり「食べ物はお金を出して買えばいいから、もっと高い値段で売れる工業製品をたくさん作りましょう」という思想である。
「食糧自給率アップのために農家に対する補助を強化すべき」という政策を唱える者もいるが、「生物多様性の保全」の観点からの考察を忘れてしまうと、農薬や化学肥料をたくさん使って環境負荷を高めながら生産量向上だけを求めることになりかねない。かといって農家が"苦労の割には儲からない"のでは離農は進むばかりである。
化学肥料や農薬に必要以上に頼らない、ポスト・グローバリズム農業をいかに展開するかが、日本の生物多様性を保全する1つの重要なポイントになることはまちがいないだろう。
■ビンボーだけど貧乏じゃない
さてドキュメンタリー映画『空想の森』の話しである。

『空想の森』のワンシーン
この映画は北海道のほぼ真ん中に位置する新得町(しんとくちょう)という町で、農業を営む2組の入植夫婦の日常を描いたものである。1組は1970年代後半に、「食べ物をつくって暮らしていこう」と、京都からやってきた宮下夫婦。なるべく機械に頼らない、自分たちの農業スタイルを確立した。もう1組は人生の岐路にさしかかった、若い山田夫婦。大阪出身の妻・聡美は子育てをしながら、"新得共働学舎"という、障がい者や社会にうまく馴染めない人たちとともに農業を行う農場で指導員をしている。神奈川出身の夫・憲一は牧場で働きながら、仲間とバンド活動を楽しんでいる。
どちらの夫婦も、「生活そのものが農業」という生き方をしている。
「貧乏だけど、食べ物がいっぱいあって幸せ、というスタイルを築きたい」と憲一は語るが、確かに彼らの食卓はどちらも豊かだ。
新得町
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監督の田代陽子は川崎市の出身で、農業とは無縁で育った。「スーパーの売り場に洗った大根と土付きの大根があれば、迷わず洗ってある方を買う人だった」と自ら語るように、食や農に関心が高いわけでもなかった。学生時代に北海道のスキー場でアルバイトをしたことが縁で、札幌で就職。その後、帯広のタウン誌の編集に関わり、その時に知り合った人に誘われて1996年に新得町で開催された"第1回空想の森映画祭"を観にいった。それが映画とかかわるきっかけである。
田代はこの映画祭の実行委員やドキュメンタリー映画の制作にかかわった後、自分の映画を撮ることにする。しかしはじめからテーマが明確なわけではなかった。漠然と、この辺り(新得町)に住んでる人や、映画祭にかかわる仲間たちのことを撮ろう。撮りながらテーマを探していこう ── そんな気持ちでスタートした。
2002年に4人でチームを組み、16mmフィルムで撮影を始めたが、思うように進まないまま行き詰まり中断。2005年にビデオ撮影に切り替え、撮影を再開。2006年2月にクランクアップ。100時間に及ぶテープを編集する過程で、宮下・山田の2組の夫婦を中心に物語を構成することを決める。9.5時間の仮編集版ができあがり、新得町や東京で上映会を行った。それにさらに編集を加え、現在の129分版が完成した。
「映画の上映会はライブ。毎回観客も違えば反応も違う。それがオモシロイから上映会には毎回自分も参加する」と田代監督は語る。
「高度経済成長以降、人びとは消費を美徳とし、"楽しみ"のためにお金を払うというライフスタイルを身につけました。日本は確かに豊かで便利になったけど、でもいつも忙しい。閉塞感にさいなまれ、なぜかいつも満たされないと感じているでしょ。なんだかおかしいと思っていました。そんなとき新得町で、都会から農業をしようとやってきた人たちに出会いました。彼らは貧乏なんだけど、でも貧乏じゃない。お金がなくても豊かに暮らしている。そして暮らしと仕事がひとつになった生活をしている。これが本当の豊かさではないかと感じたんです(田代監督)」
田代のこの言葉を聞いたとき、2008年7月にG8サミットにあわせて札幌で開催された"市民サミット2008"に参加したインドのNGOメンバーの言葉を思い出した。彼はODAによる弊害について述べたあと、このように発言した。
「わたしたちの国が豊かでないと、誰が決めたんですか。西洋の価値観をわたしたちに押しつけないでください」
■"農ある暮らし"の可能性
映画『いのちの食べ方』は、機械化され無機的になった現代農業の真実を浮き彫りにした。一方、『水になった村』は、山村の伝統的な食生活がいかに豊かであり、ダム建設によってその豊かな食文化も"絶滅"してしまう事実を映し出した。
しかし、絶望してはいけない。
『空想の森』に登場する2組の夫婦のように、既存の価値観にとらわれずに農と向き合いながら生きていこうとする人たちもいるからだ。
この映画のキャッチコピーは「農ある暮らし。〜重ねた時間と陽の匂い〜」、そして英語版のタイトルは『Smell of Sunshine』。
その言葉の通り太陽の匂いのする映画を観て、日本の明るい未来に思いを馳せよう。
(原野スキマサ)